大阪高等裁判所 昭和30年(う)1674号 判決
所論は、原判決が犯罪事実として認定した高柳嘉明なる被害者は存在せず、たゞ証拠説明において高柳常雄の被害届が援用せられているが、これが同一人であることを証する何らの証拠がないから、原判決には理由のくいちがい又は事実の誤認があるというのである。記録を調査すると、起訴状添附犯罪一覧表26項には、昭和三〇年五月一〇日午後二時頃、大阪市福島区上福島一先の車中、高垣嘉明、チヤツク附書類鞄一個、価格一五〇円位と記載してあつたが、原審第一回公判期日において、検察官が被害者「高垣嘉明」とあるのを「高柳嘉明」と訂正し、原判決は、犯罪事実として前記一覧表を右のように訂正のうえ引用したのである。しかし、記録には高柳嘉明なる被害者は存在せず、高柳常雄作成の盗難被害届書と同人の司法巡査に対する供述調書とがあり、原判決もまた、その証拠説明において高柳常雄の盗難被害届書を援用している。そしてそれには、前記の日時場所において、高柳常雄がチヤツク附書類入鞄一個時価約百五十円相当のものを窃取された旨記載してある。元来、理由にくいちがいがあるというのは、理由における論理の過程が人を納得させることができない場合をいうのであるが、右の罪となるべき事実の判示と、その援用する証拠とを対照するときは、前者にいわゆる高柳嘉明というのは証拠説明にいわゆる高柳常雄の誤記であることを認識し得るのであつて、かように誤記であることの明白なときには、判文上事実理由と証拠理由との間にくいちがいがあつても、刑事訴訟法第三百七十八条第四号にいわゆる原判決破棄の原由たる理由のくいちがいにはならない。そしてまた事実の誤認にも当らないから、論旨は理由がない。
(裁判長判事 松本圭三 判事 網田覚一 判事 西尾貢一)